未来に向かって今を生きる

こんにちは!

早速哲学っぽいタイトル。

僕はよく「哲学する」という単語を使います。僕自身学問に対しての苦手意識があって、でも興味があることは気が済むまで調べたり考えたりすることは苦にならなくて、「・・・ってなんだろう」というようなことを考えること自体を哲学すると表現しています。

哲学って学問的には難しいこともあるけれど案外身の回りのことを考えるってことが根幹な気がしています。幸せって何だろう、なぜ働くのか、復興とは何か、人のためってどういうこと、、、人間って既知なことってあまり考えない性質があると思うのですが、そんな当たり前を考えてみることが人としての深みには欠かせないと思っています。

そこで今日は「未来に向かって今を生きる」について哲学してみたいと思います。

人が行動すること

「飲み物を飲もう」。人が飲み物を飲むときそれはすで過去の事を認知している。

こう言って伝わる人がどれくらいいるのでしょうか?(笑)簡単に説明してみます。

目の前の飲み物に手を伸ばそうとしているその瞬間、既に脳ではこれくらい手を伸ばそう、きっとこの飲み物はこんな味がするはずだとか様々なシュミレーションが起こっています。それをその瞬間ごとに感覚情報を脳に送りながら微調整をかけているのです。

こんな経験はありませんか?

暗いところで「水」を飲もうと思ってコップの飲み物を飲んでみたら中身が「牛乳」で、くっさーってびっくりするようなこと(笑)

そんな感じで人はあらかじめ予想があって、今と比較し認知しているのです。

ここで言いたいことは「認知している今は既に過去になっている」という事実です。

飲み物の味を感じるのも今な感じがしますが、現実には受容器で受け取った情報を脳に送ってこの味は牛乳だ!っていろんな情報を基に結論を出している。つまり口に入れたことは既に過去になっていて、これは牛乳だと思っているのが現在なのです。

 よくわからない話はいったん止めて(笑)

ここでは現在というものを細分化していくと気づけることが増えるということを伝えたいと思っています。

それにしても生物ってよくできていますよね。

未来を考えること

現在を細分化して感じるためにはその多様な意味のあるシュミレーションが必要となります。

簡単に言えば家を建てるときに設計図が曖昧だと、できた建物を目の前にしてもどこを修正するのか、何がよかったのかがよくわからないことになってしまいます。

さっきの飲み物を飲むを整理してみてもコップを持つ手の事、それを支える体や足の事、コップの質感、飲み物の温度、味、首の傾き、、、、様々なシュミレーションを微調整をかけることによって行為が成立しています。

重要なことはそのシュミレーションが効率的であったかどうかによって脳が記憶したり、同じ失敗をしないように次の場面では修正したシュミレーションを作っています。

脳にとって適度な失敗は大切な経験ですし、不快感は生じますが、脳を上手に使うためには成功だけではだめなのです。

そのシュミレーションを表出する一つの手段がイメージです。

こんな未来にしたいとか、資産を20年かけて5000万円作るとか、今日の夕食はコーヒーを隠し味にカレーを作ってみたらコクが出るはずだとか。

自分が興味のあること、わくわくすることを追求することが、今の経験を深めることにつながると考えられます。

最後に

未来像は最初は漠然としていてもいいと思います。大事なことはそれに向かって行動してみること、その行動から経験を得ること、さらに細分化した未来を予想し、細分化した現在を経験すること。このループに入っていくことだと思います。

失敗を恐れるがあまり、未来を追求できず、今を楽しめず、それは自分の人生を豊かにするためには遠回りなのかもしれないということを脳科学の観点から簡単に触れてみました。

思慮深く行動していくことで使う言葉も成熟していきます。

僕は知的な?大人になりたいと思っていますので、お気軽にコメントを残してもらえればお返事を書いてみたいと思います。(コメント欄があるかもわかってないブログ初心者です(笑))

本日もありがとうございました。

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